アクタ・エンジニアリング. 日本語では, 行為者工学とも呼ばれます.

アクタ・エンジニアリングは, 今から 30 年ほど前, 2020 年代頃からどこからともなく, 誰からともなく始まった, まだ若い実践領域 [^実践領域] です. まずは, そのまだ短い生い立ちから話しを始めましょうか.

<aside> 💡 [^実践領域]: 分野と呼ばれる場合もあります

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エンジニアリング. 工学とは何か. 2020 年頃に広く使われていた wikipedia という, オンライン/フリー百科事典には次のように説明されていたそうです.

工学とは数学と自然科学を基礎とし, ときには人文社会科学の知見を用いて, 公共の安全, 健康, 福祉のために有用な事物や快適な環境を構築することを目的とする学問である

当時のエンジニアリングが, おもにその基礎としていたのは物質, エネルギ, 情報でした.

最初にエンジニアリングを実現していたのは五千年ほど前で, おもに建物 (アーキテクチャ) や道具 (ツール) がその対象でした.

五百年ほど前になると, エネルギというものが見出され, エンジニアリングによってさまざまな動力機械 (エンジン) や自動機械 (オートマタ) が作られるようになります.

情報を基礎としたエンジニアリングが始まったのは, たかだか百年ほど前のことに過ぎません.

情報工学, 計算機工学, ソフトウェア工学などと呼ばれる分野が情報を基礎としたおもなエンジニアリングでしたが, 今ではそれらはアクタ・エンジニアリングのごく一部, ただし基礎的な一部分として跡をとどめています.

つまり, 30 年ほど前にエンジニアリングの基礎となっていた物質, エネルギ, 情報 [^情報] の三つの柱のうち, 「情報」が「行為者」として再考された. それによって概念として拡張された, と考えていいと思います.

<aside> 💡 [^情報]: わたしたちが「コード」という用語で呼ぶ概念に相当します

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では, なぜ情報を基礎としたエンジニアリング (ここでは便宜上情報工学と呼びましょう) がエンジニアリング全体の中心的な三分野のひとつではなくなって廃れ, 今のような行為者を基礎としたより広大なエンジニアリングが誕生し, 普及するようになったのでしょうか?

情報工学のもっとも基本的な考え方は, クロード・シャノンに始まる情報理論です. しかしその後, 情報工学の数十年の発展の中で, 情報はそれ自身だけではほぼ意味を持たないことが明らかになってきました.

情報が意味を持つのは, 情報を解釈するもの (解釈者) が存在する場合だけです. 解釈者が情報を解釈するのは, 行為するためです. つまり解釈者は何より行為者と言うわけです. 情報と行為者は, 常に (ほぼ) 同時に対発生すること. 情報と行為者を合わせて考えることで初めて意味があること.

さらに, 情報だけではなく, 行為者という概念も含めて考えると, 単にコンピュータとかソフトウェアと呼ばれていた対象に較べて, 遥かに多くの対象を同じエンジニアリングの枠組みの中で統一的に扱うことができることも分かってきました.

それが, わたしたちがエンジニアリングを支える基礎の一つとして, 行為者, アクタを対象とすることの理由です.

行為者とは, この世に存在する (あるいは存在しない) ほとんどあらゆるものが該当します. 狭義には, 物質やエネルギに変化を与えるものです. 例えばその辺に転がっている石ころでさえ, 何らかの電磁波を受け取って, 変換された電磁波を返すので, 行為者と呼んでも差し支えありません [^行為者の範囲].

<aside> 💡 [^行為者の範囲]: もちろん, アクタ・エンジニアリングの実践領域に応じて, 何を行為者として考えるのがよいかは変わってきます

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広義には, 狭義の意味での行為者になり得る (あるいはなり得ない) と考え得ること自体 (つまり概念, 仮想的な存在) も行為者の範囲に含みます. それは物質に依拠するエンジニアリングが, 実際には存在しないけれど存在し得る物質をエンジニアリングの対象とするのと同じです.

実際に現在アクタ・エンジニアリングの実践領域の対象としてよく用いられている行為者には次のようなものがあります.