この章では, 「組織」というアクタを取り上げ, アクタ・エンジニアリングの多くの実践領域に共通する考え方についてみていこうと思います.

ここで, アクタの例として組織を取り上げたのは,

など理由からです.

組織とは何か. 読者の皆さんにも, 多かれ少なかれつながりがあるでしょう. 「何らかの共通の目的を持って集まったひとびとの集合」というのは, わかりやすい定義だと思います.

ただしこの定義とは裏腹に, アクタ・エンジニアリングでは「組織」というアクタを「ひと」というアクタを構成要素とする集合とは考えません. アクタ・エンジニアリングでは, アクタ間の ∈ 関係 (is-member-of, 要素が集合に所属する) を基本的な概念とは捉えません (一時的, あるいは多様な視点のひとつとして考える場合はあります).

「組織が変わるためには, メンバが変わる必要がある」とか, 「メンバが変われば組織が変わる」というような組織論は, 現在では妥当なものだとは見なされていません. むしろそのような組織とメンバの捉え方が, 2020 年頃の組織論の問題点であったと今では考えられています.

組織アクタと, 組織の一員であるひとアクタはアクタとして対等な関係にあります. 組織のメンバであるひとアクタは, そうでないひとアクタに較べて異なる関連を持っているのは確かですが, それが直接的な因果関係であることはまれです.

組織アクタは, (例えそれが組織のメンバであったとしても) ひとアクタとはまったく異なるコードと解釈と行為を持ちます.

ここで, 今出てきた用語, [行為, コード, 解釈] の三つについて, 説明していきましょう.

アクタは, その名前のとおり, 「行為」するものです. 「行為」と呼ぶと, あたかもアクタが自分の意志を持ち, その意志に基づいて行動することのように聞こえるかもしれませんが, ここではアクタが意志を持っているか, 意識があるか, というような問題には踏み込みません. 何らかの契機に依って, (ある時点, ある場所で) アクタは行為します.

行為するとは, 何らかのエネルギを利用して, 物質やエネルギに何らかの変化をもたらすことです. ここから先は, 物質やエネルギを対象とする古典的なエンジニアリングの出番ですね. アクタ・エンジニアリングは, その先の探求に関しては古典的なエンジニアリング (や物理学のような自然科学) を利用することになります.

ただしアクタ・エンジニアリングでは, 行為の結果として起きた物質やエネルギの変化を「コード」と呼びます. コードは永続的に存在する場合もありますし, その場で消えてしまう場合もあります. また, 一つのアクタの一つの行為がもたらした変化のみならず, 複数のアクタの複数の行為が (たまたま? 必然的に? ) 重なり合ってしまう場合もあり得ます. 「行為」と同じように, 「コード」もあるアクタが意図して, あるいは何らかの意味を持って作り出したもののように聞こえてしまうかもしれませんが, ここではそのような意味や意図を考慮しません. 単なるあるアクタのある行為の結果です.

とは言え, アクタ・エンジニアリングが, それを敢えて「コード」と呼ぶのには, やはり理由があるのですよね.

コード (物質やエネルギの変化) を読み取って「解釈」するアクタが (たまたま? 必然的に?) 存在する場合がこの世界にはあるのだ, というのが, アクタ・エンジニアリングの主張であり, アクタ・エンジニアリングの根本的な存在理由なのです.

「解釈」とは, コードが他の (自分自身でも構いませんが) アクタの行為を引き起こすことを言います. コードを解釈したアクタの行為は, その場で即時的に起こる事もあれば, 時間が経ってから別の場所で起こる事もあるでしょう.

アクタがコードを解釈して, 行為したとすれば, そこには何らかの「意味」が発生したと考えたくなりますが, 今まで同様, ここではそこまでは踏み込みません.

アクタは行為するものであると同時に, 解釈するもの (インタプリタ) でもあるのです. そして, コードとアクタは対発生するものなのです.